「口頭でも契約は成立するよ!」
こんな言葉は聞いたことがある方も多いと思います。
こういったことを、民法上「諾成契約(だくせいけいやく)」といいます。「承諾で成立する契約」という感じで捉えてもられば結構です。売買契約はその一例です。
では、諾成契約でない契約は何があるでしょうか?
例として、「賃貸借契約」を締結する場面をもとに考えていきます。
まず「諾成契約」の対義語とされる契約は「要式契約(ようしきけいやく)」です。イメージとしては口頭での契約では、成立せず、書面による契約が必要とされるものです。
具体的には「保証契約」です。
アパートを借りた経験のある方はわかると思いますが、契約段階で「保証人」をつけるよう求められることがあります。このとき、親族や保証会社が保証人として契約書に記名押印(署名押印)をする必要があります。この契約書への記名押印は、単なる慣習によるものではなかったということです。保証契約も契約の一種ですが、平成17年3月31日以前は売買契約と同様、諾成契約でしたが、平成17年4月1日以降は要式契約と法改正がなされました。
次の例として、「要物契約(ようぶつけいやく)」を挙げます。
「物が要る」と書きますので、やはり「対象となる物」が重要になってきます。例としては「賃貸借契約」が当てはまります。要物契約と諾成契約は両立します。
具体的には「賃料」「賃貸期間」「敷金」「解約事由」などを決めることは、口頭でもいいのです。復習になりますが、つまり、賃貸借契約は「諾成契約」でもあるということです。しかしこれでは終わらず、対象となる物、つまり「部屋」を引き渡す(貸し渡す)ことが、契約の成立には必要になります。
以前、アパート経営をしている相談者から「賃料が払われないから、賃貸借契約を解除して、出てってもらいたい人がいる。一応、保証人もいるんだけど。」と相談を受けたことがあります。「契約書はありますか?」と尋ねると、「知人から紹介された人だから、契約書は作ってない」とおっしゃった。
仮に訴訟になったとき、こちら側(原告)としては部屋の明け渡しを求めるのなら、「賃貸借契約の成立」「支払日の経過」「債務不履行を理由とする契約解除」を立証することになります。
また、未払い賃料の支払いを求めるなら、「賃貸借契約の成立」を立証することになります。
このとき、賃借人ではなく保証人に支払いを求めるのなら、「保証契約の成立」の立証することになります。
先程、契約書がなくても賃貸借契約は成立すると書きました。そのとおりです。だから契約書がなくても賃料を払って、部屋に住んでいたのです。
しかし、これを「証明しろ!」と言われた時はすんなりいきません。
契約書がなく、賃借人が借りた部屋に住所を定めていなかった(住所を別の場所に置いていた)としたらどうしましょう?
では賃借人は家賃を滞納するくらいなので、お金はもっていないでしょう。「こういうときのために保証人がいるじゃないか!!」と思ったが、契約書を作ってないということは、保証人(とされる人)とも保証契約が締結されていないということに・・・
やっぱり「契約書がないとだめだね!」という昔からの感覚はあながち間違ってないのです。
この案件は、紛争が顕在化してしまっていたため、改めて契約書をつくることは不可能なので、他の方法で契約の成立を証明していくことになりました。「直球が駄目なら、変化球で勝負!」という感じです。
アパート経営をしていて、管理会社も入っていないという物件は少なからずありますし、今回のケースのように契約書さえ作成していない物件もあると思います。仮に家賃の滞納がなかったとしても、滞納があるならなおさら「賃貸借契約確認書」というような表題で契約内容の書面化を図ることは、将来のリスクヘッジになります。未払い賃料請求、建物明渡の訴訟をやるとなると、かなりの費用がかかりますから。
司法書士は不動産登記業務を基幹業務の1つとしてきましたが、これは「予防法務」と呼べるものです。権利関係を登記に反映させることで、将来の紛争を未然に防ぐことにつながります。
誰も好き好んで、費用をかけて訴訟をしたいとは思いません。
司法書士は訴訟も扱いますが、予防法務に資する業務に従事して、「有事=訴訟」と「平時=登記」の双方を見てきたからこときたからこそ、リスクヘッジ、紛争の芽を摘むことの重要性を認識しています。
賃貸借契約をめぐる貸主側、借主側のどちらの相談にも応じることができますので、不安なことがありましたら、早めにご相談下さい。
次回は契約書がない他の場面をご紹介します。
司法書士 平 野 瞬